何度目のやりとりか
HDDの整理に戦う毎日に、新たな問題が発生した。
「世界水泳2015」である。長時間のベタ撮りは避けたい。見るのを諦め‥‥‥やっぱり見たい。
特に採点競技のシンクロは、今年の結果が来年のオリンピックにダイレクトに効いてくるはずなのだ。リアルウォーターボーイズ、その後も気になる。
シンクロ競技に男女ミックスデュエットが正式種目となり、男子が公式戦に出られる、歴史的大会である。やはり見ておきたい。できるだけリアルタイムでがんばろうと見ていたら、寝落ちして、NHKさんのSONGS、V6さんの来週予告を見逃した。がっくり。
気をとりなおして、雑誌「COMO」
子育てするママ向けの雑誌だ。何故こんなところに自担が、以下略。
ご登場はイノッチくんと坂本さん。二人の笑顔のショットと対談である。写真はどちらもリラックスした良い顔だ。
朝、5時起きで散歩をして仕事に向かうイノッチくん。5時半にはワンコにゴハンちょうだいと起こされる坂本さん。お二方ともすがすがしい朝をお過ごしなのですね。この雑誌を愛読される奥様層にも好感をもっていただけそう、早起きで健康的な朝だ。
そんな記事の中で私が気になったのはデビュー前を語ったこの部分。
坂本さん「リーダーやってくんない」
イノッチくん「いーよ」
リーダーに向かないと頑なに信じて、悩んでいた坂本さんが、イノッチくんにリーダーをやって欲しいと頼んだ話はもう何度も雑誌等で語られている有名なお話だ。
何度も見ているからまた同じネタかと思ったけれど、今回はこの会話がデビュー会見の当日の、控室でも交わされていたということが明らかになった。
当日の控室、すぐに事務所の人から「リーダーは坂本だから」と言い渡されて、坂本さんは力なく「はい」と答えたという。
この会話のシュチュエーションが明らかにされたのは今回が初じゃないだろうか?
坂本さんそこまで嫌だったんだなぁと、しみじみ思うとともに、デビューまでにこの会話を二人は何度、繰り返したのだろうか、ということをに疑問を持ってしまった。
一度きりの会話ではないはずだ。イノッチくんは、同じやりとりをして、しばらくして坂本さんからやっぱりいいと言われたと語っていたことがある。
イノッチくんとしては坂本さんがそれでいいのなら、自分がやってもいいよという軽い気持ちだったらしい。
坂本さんは、メンバー全員で顔合わせを行った後に、改めて事務所のえらい人から呼ばれ「このメンバーで、リーダーで、責任もってやれるならデビューしなさい」と言われたとも語っている。
岡田くんは、坂本くんとの初対面は舞台メークのままで挨拶されたときだと言う。
坂本さんがこの夏やっていた舞台は大阪のサウンドオブミュージック、8月30日が千秋楽。
この舞台をやっている間に、新グループのメンバーの人選で、ジャニーさんからの電話が掛ってきたことも坂本さんがかつて語っている。何人か名前を上げた後で、岡田って良い子がいるんだよと言われた坂本さんは、その子は知らないと思いつつ良いんじゃないのと答えたのだと言う。安易だ。(かの社長のノリには逆らう気になれなかっただけかもしれないが)
坂本さんが大阪の舞台後に東京に戻り顔合わせだったと仮定すると、デビュー会見の9月4日までその期間一週間足らずである。
あの、
まさかと思うんだけど、
坂本さんってさ、
最後まで自分もメンバーだって気づいてなかったりしたのか!
それってアリなの?ボケすぎじゃないか?!
だって、8月後半に出るアイドル誌に載った新グループのメンバーは、坂本さん、イノッチくん、後に辞めたjr.くん(当時はジャニーズシニアのくくりだった人)の3名である。
長野さんは、坂本さんとイノッチくんは、断言はしないけど新しいグループに入るような感じで話していたと回想している。一緒にやってきた二人が入るなら、これが最後のチャンスだろうと、長野さんが社長に直談判に行ったのは、大阪での仕事が終わって、新幹線で東京に帰ってきたその足だったと言う。
長野さんの大阪のお仕事は、多分プレゾンだから、8月のお盆の頃となる。
これは20年前のお話である。私は当時のリアルタイムのファンではないから、後になってメンバーのインタビューをつないで考えた、タイムスケジュールである。
当時から追いかけてらっしゃるファンの方にはもう少しはっきり見えているものがあるかもしれない。
全員顔合わせの場には新グループのドキュメントを撮るためのカメラが入っていたと言う。
坂本さんは、自分はこのプロジェクトにスタッフとして関わると思っていたから、カメラを避けようとしているのに、カメラが自分を追ってくるから、何でだよ?と思っていたとも語っている。
マジか?
雑誌には載っている、長野さんはすでに予想していたこの状況で、坂本さんは自分のデビューに気づいていなかった、なんて真実があるのだろうか。
本当に気づいていなかったのだとしたら、かなりのボケっぷりだ。
そもそもバレーを応援するグループができることは、だいぶん前から知っていたはずだ。何人かのジュニアがいるところで、社長さんはバレーをしながら歌っているという意味不明な絵コンテを見せて、こういうのをやるんだよと言っていたという。坂本さんはそのとき、手伝えることがあったら言ってくれと、軽く言ったそうだ。(元バレー部員として)
そこまで状況が迫っていて、気づいてないってあり?
でも、坂本さんが自分のデビューに気づいたのが8月30日以降だったとすれば、その苦悩にも説得力が出てくるのではないか。
人生を決断するには短すぎる。
メンバーにはほぼ素人な岡田くんと、ちびっこギャングとまで言われた剛健コンビがいる。リーダーを指名されて、始めから責任を持つようにともお達しされる。重いよね、これは。
ぎりぎりまで、悩んでも無理はない。
この真相は、おそらく解明されないままだろう。
坂本さんは面白く、自分がへたれでリーダーを変わって欲しかったんだという話をするくらいで、その当時の内面を吐露することはない。
そもそも20年前を、彼が覚えているのかはなはだ疑問だ。
各メンバーからデビュー秘話が語られるたびに、どこまでが真実でどこまでがネタなのか。疑問に思いつつ、答えにたどり着くことのないことの真相を考えてしまう。
この雑誌は、久しぶりに一人のオタに、オタらしく、自担のことをぐるぐると考える時間をくれた。ありがとう。
もっと詳しい方には、ぜひ語っていただきたい。